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カテゴリ「小説」に属する投稿[6件]
君の心はすぐそばに
名前変換
※2024年12月イベント「出苍白海」の内容を含みます
※引星ソーンズのプロファイルの内容を含みます
※ソーンズは全て本名で話が進みます
それは、航海に出る少し前のこと。
こんこん、と船長室の扉をノックする。
「イシドロ、私だよ」
「入ってくれ」
返事を受けて、私は船長室の扉を開ける。私の顔を見て、ソーンズが表情を和らげたのが見えた。ソーンズが近くまで来るようにと手招きをした。
「{NAME0}に渡したいものがあってな」
「渡したいもの?」
ソーンズは机の上に置かれていた小箱の蓋を開き、指輪を取り出した。
「指輪?」
「ほら、右手を出して」
ソーンズに促されるままに右手を差し出せば、ソーンズは薬指にその指輪をゆっくりとはめていった。
「よし。大きさは問題ないな」
ソーンズはひとりで頷いている。
私は自分の指にはめられた指輪をまじまじと見つめた。それは、白く鈍い輝きを放っている。それはまるで、今の彼の右腕のよう──
「ねえ、イシドロ」
「なんだ?」
「これ、もしかして、心相原質を使って……?」
「そうだ」
イシドロは私の問いに頷いた。
心相原質。イシドロが使っている、白色の流体。
錬金術によって生み出された物質であり、それを扱えるのも錬金術師だけだ。いま、イシドロの右腕は、心相原質を使って補われている。
どうやって動いているだとか、詳しい構造は私はわからない。だけれども。
「私の記憶が正しければ、これって万物の動きを感知できるんじゃなかったっけ?」
「……おおよそその理解で問題ない」
「私の行動を知りたいの?」
「監視したいわけじゃない。だが、もし{NAME0}に何があっても、これがあれば感じ取れる。お前を守るためにも、必要だと考えた」
「わかった。イシドロが必要だと思うなら、肌身離さずつけておくよ。……それに」
「それに?」
私は指輪を左手でそっと撫でた。
「やっぱり大切な人から指輪を贈ってもらえるのは嬉しいから。大切にするね」
「……{NAME0}」
イシドロの右手が私の頬を撫でた。今の彼の右腕は、心相原質に覆われており、ひんやりとした感触がする。それでも、彼の一部であることには変わりない。私は彼の右手に頬ずりをした。
ロドスにいた頃も、航海に出た今も変わらない。イシドロが私を愛してくれている。それだけで私は嬉しくて仕方ないのだ。
*
あれから、少し経った。
私は船の備品の確認作業をしていた。船が寄港して物資を補充できるタイミングは限られている。その際に必要な数を確定させるため、また無駄に買いすぎないようにするために、毎回リストを作っている。
ちょうどそのリストを担当の船員に渡して作業を終えた頃、私はとある異変に気づいた。
ピクピクと、右手の薬指が動いている。指が痙攣しているのとはまた違う、かくかくとした動きだ。
「何これ……?」
しばらくそれを眺めていると、開いていた右手の中で、薬指だけがくっと下に曲げられた。イシドロにもらった指輪がはめられた指だ。
指輪にそっと触れると、どうやら指輪が私の薬指を動かしているらしい。
「下?」
私が呟くと、今度は指が右側に突っ張る感覚がした。
「右に行って、下?」
指輪の導きのままに廊下を進んでいくと、階段が現れた。そこで突っ張った感覚はなくなり、指が下を指した。階段を降りていく。
私はまだこの船の構造には詳しくなく、行ったことのないところも多い。それなのに、指は迷うことなく道案内をしている。私は指の感覚に従って歩いていく。
自分が今どこにいるのかわからないが、船のかなり深部まできたような気がする。
廊下を道なりに進んでいくと、とある扉の前で、指の動きが止まった。
「…………?」
この部屋、ということだろうか?
私が部屋の扉をノックしようとしたとき、扉の向こうから声が聞こえた。
「{NAME0}、扉を開けてくれないか?」
それは、誰よりも聞き慣れたイシドロの声だった。
私が急いで扉を開けると、イシドロは「部屋に入らないように」と言って、私に扉を押さえさせた。
「この部屋はどうやら尋問室か何かだったようでな。内側から扉が開かない仕様になっているんだ」
「え、じゃあ」
「そうだ。それを知らなかったから、しばらく閉じ込められていた。修繕用の材料の備蓄を考えれば、扉を壊すわけにもいかない」
イシドロは部屋から出て、扉を閉めた。
「俺はこんな仕様の部屋を使うことはないだろうし、今度、扉の仕様を変更しよう」
「そうだね、知らずに閉じ込められちゃったら大変だもんね……」
「{NAME0}、扉を開けてくれて助かった」
「それなんだけど。……この指輪、なんなの?」
私はこの指輪に導かれてここまでやってきた。イシドロはこの指輪──というか心相原質は、万物の動向を感じるものだと言っていたけれど、どういうことなのか。
私の問いに、イシドロは私の右手をとって、こう答えた。
「心相原質は俺の意思で動かすことができる。お前が仕事を終えたのがわかったから、心相原質を操ってお前をここまで来させた」
「…………」
そういえば、イシドロが戦闘時に心相原質を動かしているのを見たことがあった。だから、心相原質を使って作られているこの指輪も同じように動かせるというのも、言われてみればそうだ。
そうなんだけれども──。
「……呼び出しに使うんだ」
「そんな顔をするな。今回はそうせざるを得なかっただけだ」
「別に気にしてないよ。私は心相原質に詳しくないから、ちょっと驚いただけ」
こうやってイシドロに呼び出されるのは悪くない。それどころか、離れていても彼の意思を感じることができるなんて、本当に、なんて便利な物質なんだろう。
なんて言ったらイシドロがひきそうだと思ったので、心の中で止めておいた。
*
──さらに数日後。
私が船長室の掃除をしていると、また薬指がくくっと勝手に動き始めた。
「また? イシドロったら一体何をやったんだか……」
私は軽くため息をついた。
前回のように閉じ込められていても困るし、イシドロを探しに行った方が良さそうだ。
私は船長室を出ると、前と同じように、薬指の導きを確認する。とりあえず、廊下を右に。階段を下に。その先に見えるのは──錬金術の工房だ。
私は工房の扉を叩いた。
「イシドロ、私だけど」
「{NAME0}? 今は作業中だ、用があるなら後にしてくれ」
扉の向こうからの返事を聞いて、私は首を傾げた。
「何言ってるの? 私に用があるのはイシドロの方じゃないの?」
ガチャガチャと何かをいじっていた音が、ぴたりとやんだ。工房の扉が開き、イシドロが顔を出した。
「誰かにここに来るように言われたのか? 俺は{NAME0}を呼んだ覚えはないが」
イシドロの物言いから察するに、本当に私に用はないらしい。
私は指輪に呼ばれてやってきたと思ってきたけれど、私の勘違いだったのかもしれない。
「前みたいに指輪が反応したからまた何かやったんだと思って来たんだけど……何もないなら戻るね。邪魔してごめん」
何もないならそれはそれでよかった、と思いつつ、扉を閉めようと思って扉に手をかける。
そのとき、イシドロが私の右手を掴んだ。
「……その話、詳しく聞かせてくれないか」
「詳しくも何も、前にイシドロが閉じ込められちゃったときみたいに、指輪が急に反応したんだよ。指がこっちって示すから、そのとおりに来ただけ」
「そう、か」
イシドロは私の話と聞いた後、何やら神妙な顔をして、「いや、まさかな」なんて呟いている。
「……どうしたの?」
私が尋ねると、イシドロは一瞬躊躇いを見せたあと、「俺の推測ではあるが」と前置きをした上で語り出した。
「俺はまだ心相原質をコントロールしきれていないようでな」
「うん」
「俺の心の状態によって、心相原質が意図せず動くことがあるんだ」
「……うん?」
そこまで言って、イシドロは私から目を逸らした。
「……実は、俺は先ほどまで、今やっている作業が終わったら{NAME0}に会いに行こうと思っていた」
「…………」
「…………」
「……つまり、私に会いたいって思ってたら、心相原質が勝手に反応して動き出しちゃったってこと?」
「……おそらくは、そうだ」
心相原質。なんて便利で、かつ、厄介な物質なんだ。
「もう少しだけ待っていてくれないか。すぐに作業を終わらせるから、一緒にいつもの場所へ行こう」
イシドロは私の髪を撫でながらそう言った。私もそれに頷く。イシドロは軽く微笑むと、私の額にキスを落としてから、工房に戻っていった。
私への会いたさ故に無意識に心相原質を動かしてしまうなんて、なんて愛おしいんだろう。
イシドロにとって、この指輪は私の存在をすぐそばに感じるための装置だ。心相原質を通じて、私の動きは彼に伝えられている。
一方で、私にとっても、比喩ではなく彼の心を感じることができる大切なものなのだ。
私は薬指にはめられた指輪に、キスをした。
そう思ったのも束の間。
後日、イシドロが心相原質を使って修理したトイレの扉が、バタンバタンと荒波のように勢いよく開閉を繰り返し、人を強打し挟み殺す凶器になっているのを見て、心相原質への自分の認識を改めた。
20241208
#引星ソーンズ #夢主 #2024
ハンドクリーム塗ってもらう話
名前変換
※世界観設定資料集の内容を含みます
ことの発端は、私がハンドクリームを出したことだった。手を洗ったあと、いつものようにハンドクリームを取り出して、塗ろうとした。それだけだった。私がハンドクリームを取り出したのを見ていたソーンズが、何を思ったのか「俺に塗らせてもらえないか」と言ってきたのだ。そう言われて特に断る理由もなかったので、ありがとう、とハンドクリームを差し出した。
ソーンズがそっと私の手を取った。今まで何度もソーンズと手を繋いできたはずなのに、こうして改めて真正面から手を触れられるとついドキドキしてしまう。
ソーンズはそんな私の様子を気に留めることもなく、チューブからハンドクリームを私の手の甲に出していく。
私の手の甲にハンドクリームを広げたあと、指の付け根から指先へと伸ばし始めた。一本一本丁寧に、同じ動作を繰り返していく。時折きゅっと指先や指の間に力を込められる。痛くもなく、弱くもなく、ちょうどいい力加減だ。マッサージをしてくれているのだろうか。
今まで、普通に繋いだことはあっても、こんなふうに手を擦られたり、指先を握られたりすることなんてなかった。今自分の手の上で起きている感覚はどれも初めての感覚で、心地いいような一方、照れくさくて恥ずかしい気持ちが私の中で混じり合っている。
その上、ソーンズがあまりにも丁寧に、優しく私の手を扱ってくれるものだから、驚きと嬉しさで私の頭はぐちゃぐちゃになりそうだった。
なんとか気持ちを落ち着けて、目の前の手を凝視した。すっと深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
それにしても、どうして急にあんなことを言い出したんだろう。そう思って、手元にむけていた視線をちらと上に移して、ソーンズの様子を伺った。
私の手の甲を見つめるソーンズの表情は、今までに見たことがないくらいに優しい表情だった。そして、心なしか嬉しそうに見えた。
「丁寧に塗ってくれるんだね」
「当然だ」
いつもみたいに、ちょっと呆れたような言い草だった。でも、その声色はいつもよりも数段優しい。
「エーギルにとっては、こうしたケアは絶対に欠かせないことだからな」
ソーンズの言う通りだった。エーギルは乾燥に弱い種族なのだ。気管支の調子は湿度に左右されるし、肌は乾燥しやすく、傷つきやすい。時に、乾燥が命に関わることさえある。
海から陸地へやってきた、その経歴ゆえなのだろうか。はじめてエーギルが陸地に上がって長い年月が経っているにも関わらず、エーギル人は今も乾燥への対策を余儀なくされている。
「だから、こうしてケアを任せてもらえて嬉しく思う」
「そ、そう……? 大袈裟じゃない?」
対策といえども、一般的にエーギル人が行っているのは、こうやって保湿用のクリームを塗って、乾燥を少しでも抑えることだ。今やほとんどのエーギル人にとって、ハンドクリームやボディクリームの使用は習慣となっているだろう。目の前にいる彼も含めて。
「俺にとっては、大袈裟なことじゃない。……それに」
全ての指にハンドクリームを塗り終えたソーンズは、私の両手を、彼の両手で包み込んだ。包み込まれた手から、ソーンズの温かさがじんわりと広がっていく。
「こうして、{NAME0}に長く触れていられるだろう?」
ソーンズがふっと微笑んだ。
その表情に、心臓がひときわ大きく跳ねた。
普段は顰めっ面が多いくせに時折こういうことをするから、彼には敵わないと思ってしまう。
ソーンズはしばらく私の手を包んだままでいたが、やがて私の手を解放した。
「ほら、これで終わりだ」
ソーンズの手が離れていく。温かさが失われていくのが名残惜しくて、思わずソーンズの片手を掴んでしまった。
「どうした、{NAME0}?」
「もうちょっとだけ、繋いでいたい……」
私の言葉に対して、ソーンズは何も言わずに私の左手を取ると、彼の右手の指を私の指に絡めてくれた。再びもたらされた彼の温かさに、安心感を覚える。
「ね、次のときは私がソーンズに塗ってもいい?」
「ああ。そのときは頼む」
視線を手から外し、顔をもう一度あげれば、またソーンズが笑っていた。そうして、彼の微笑みを見るたびに、この人のことがどうしようもなく好きだと、心の底から思うのだった。
20240501
#ソーンズ #夢主
#2024
早とちり
名前変換
※ソーンズ・ウィーディの回想秘録のネタバレをやや含みます。
「最近ソーンズの姿を見てない気がする」
気づいたのはいつだっただろう。艦内での爆発の話を聞くことが少なくなったからだろうか。それとも、最近は甲板に吊るされている彼を見かけなくなったからだろうか。よく後処理に追われるソーンズに出会っていたし、甲板に吊るされていた日にはなぜかその状態で会話をしていたこともあったのに。
何にしろ、まともな理由では気づいていないことに乾いた笑いが出る。
そんな話を同僚にしたら、彼女はそういえば、と前置きをしてこう言った。
「ソーンズなら、イベリアに帰ったって聞いたけど」
「か、帰った?」
「うん。イベリアの裁判所からの協力要請だとかなんとか?」
それ以上は彼女も詳しく知らないらしい。それにしても、そんな話、全く知らなかった。
そういえば、最近はイベリア近郊への任務の数が増えている、とはきいた。そのうちイベリアの内部にも調査が可能になるんじゃないか、とも。この前、イベリアの審問官であるアイリーニさんや、ルーメンさんがロドスに加入したという話もある。ルーメンさんはイベリアとロドスを行き来しているらしいし、前までのような鎖国をやめるかもしれない、という噂は本当だったのだろう。
「そっか。帰っちゃったのか……」
一時的な帰省の可能性だってあるだろう。それなのに、私は何故だかソーンズはロドスに戻ってこないんじゃないか、とどこかで思ってしまっていた。というより、ロドスに帰ってこなくても、ソーンズならありえるんじゃないか、と思ってしまっていた。
ソーンズとは、長い時間を一緒に過ごしてきたわけではない。彼の起こした爆発を初めとしたトラブルに巻き込まれるのだって、頻繁というわけではなかった。ロドスの中で出会ったら、会話を交わす程度だった。それから、数度、エリジウムたちも交えて飲みに行ったことがある程度。それでも、彼がしていたイベリアの話を、私は覚えている。あまりにも印象的だったから。
一言くらい何か言ってくれてもよかったのに、とは思ったものの。ソーンズからしてみれば、言うほどの仲でもなかったんだろうな、と思った。
*
あれからさらに時間が経った。爆発音も、皆の騒ぐ声も、当然、数が減ったままだ。もちろん、艦内トラブルは少ない方がいいに越したことはないし、本来はそちらが正常なのだろう。
それなのに、どこか物足りなくて、空っぽになったような気がするのはどうしてだろうか。
私は溜息を吐く。
そのまま、ぼうっとした状態で廊下を歩く。そうしていくらか歩いていると、不意に、とんとんと肩を叩かれた。
いったい誰だろう、と振り返った先。
「{NAME0}。顔が死んでるぞ。どうしたんだ?」
そう言って、私の目の前に立っていたのはソーンズだった。
「えっ、あれ? ソーンズ? なんで?」
いなくなったと思っていたソーンズが急に私の前に現れて、思考がストップした。ソーンズはそんな私を見て、「俺がいたらおかしいか」と眉を顰めた。
「だって、イベリアに帰ったって聞いて」
「確かにイベリアには帰ったが。そんな慌てることでもないだろう」
「それで、ロドスをやめたのかと思って……」
「どうしてそこからそう思考が飛ぶんだ?」
ソーンズは私の言葉を聞いて信じられない、と言わんばかりの表情をしていた。
実のところ、私がそう思ったのは、単にソーンズの事情だけではなかった。
ソーンズがイベリアに帰った話を聞いたあと、クロージャからとある話を聞いたのだ。ウィーディの友人が、ライン生命を退職してイベリアへと技術復興のために戻るのだと。おかげで、クロージャはウィーディがロドスを退職するんじゃないかと勘違いしたそうだ。
そんなこんなで、ソーンズも辞めてしまったんじゃないかという私の思い込みは加速されてしまった。
その話をソーンズにすると、ソーンズはもはや呆れを通り越したようで、なんとも言えない表情をしていた。
「辞めるなら、さすがに声くらいかけるぞ」
「ほ、ほんと?」
ついでに、ソーンズからそれくらいの声はかけてもらえる程度の仲だった、という言質ももらって。
ともかく、今までのことは全て私の勘違いだったということだ。
私はほっと肩を撫で下ろし、大きく息を吐いた。
「なんだ。俺がいなくなって寂しかったのか?」
そんな安心した私の様子を見て、ソーンズは先ほどまでとは変わって、軽い調子でそう言った。
……寂しい? ソーンズがいなくて?
確かにちょっとした喪失感はあったかもしれない。ソーンズがトラブルを起こすこともなく、会話をすることもなくて。今までちょこちょことしてきたソーンズとの会話は、私にとってはそれなりに楽しいものだったから。でも、それがなくなって寂しかった、なんて。あまり認めたくはない。……認めたくない、けれど。
「そうなのかも……?」
私の中のもやっとした感情は「寂しさ」という言葉に言語化され、幾分か納得させられてしまったらしい。
私の目の前で、ソーンズが目を瞬かせた。そして、数秒ほど何か考えるような表情をした。
「……そうか。それは意外だったな。これからは、{NAME0}にも都度話すようにする」
ソーンズにしては妙に塩らしい対応だった。初めて見るソーンズの反応に、私もどうしたんだろう、と数秒考えこむ。
そうして、私は悟った。多分、ソーンズは私が「寂しいとか、そんなことあるわけない」と否定の言葉を予測していたのだと。私が想定外にストレートな返事をしたから困っているのだ。
「べ、別に今まで通りでいいし、いちいち話しかけにこなくていいから! さっきのは聞かなかったことにして!」
私は慌ててソーンズの言葉を否定する。今更感は否めないが、ないよりマシだろう、と淡い期待を込めて。ソーンズが冗談として流してくれれば、この話はここで終わりだ。
「まあ、そういうことにしておこう」
ソーンズはうっすらと笑っていた。
あまり自分の前でソーンズが笑っているところを見たことがなかった私は、それを珍しく思った。だが、やがて彼がこの状況──私の失言を楽しんでいるらしいことに気づく。
「何も面白くないから!」
私の声とは裏腹に、ソーンズは楽しそうな様子をどんどんと露わにしているようだった。
そんなに私をからかって楽しいか。
私はため息をつく。次からは絶対に失言はしない、と心に誓った。
20230815
#ソーンズ #夢主
#2023
100%は存在しない
名前変換
※ソーンズと同棲している前提です。海を知らない女の子とソーンズの話。
鉛色の空。岩ばかりが目立つ海岸。湿ってねっとりとした海風が、私の頬を撫でる。心地良くはないその感触に、私は思わず眉を顰めた。
私はどうして、こんなところにいるんだろう?
眼前の光景は、見たことがない場所だ。
私は海を見たことがある。行ったことがある。でも、記憶の中の風景と、目の前の風景は一致していない。
何もわからないまま、ごつごつとした岩を渡っていく。
しばらく進んでいくと、見慣れた人物の背中を見つけた。
「ソーンズ」
名前を呼んだが、彼は私に気づいていないようだ。今すぐに駆け寄りたかったが、足場の悪さがそれを許さない。一歩ずつ、彼に近づいていく。
彼のところまであと少し。そう思ったときだった。
海岸線を眺めていた彼が、一歩足を踏み出した。──波の向こう側に向かって。
驚いてる暇はなかった。一歩踏み出したあと、彼は躊躇いもなく海へと歩みを進めていた。
誰よりも愛しい人が、海に入っていく。
私は必死に「行かないで」と叫んだけれども、彼にはちっとも聞こえていないようで、こちらには見向きもしない。彼が少しずつ海に身体を沈めていくのを、ただ見ていることしかできない。
「ソーンズ、やだ、行かないで!」
やっとのことで彼の元に辿り着く。それでも彼は私に気づいていない。私を無視しているのだろうか。それならば、と手を伸ばす。
そうしてようやく私は気づいた。
私の手が、透けていることに。
伸ばした手は、彼に触れることなく、すり抜けていった。
*
私は目を覚ました。勢いよく起き上がる。バクバクと、大きく速く脈打つ心臓が、先ほどの悪夢を物語っていた。
私は隣で眠るソーンズの姿を確認した。彼が隣にいることに安堵する。それから、恐る恐る彼の身体に手を伸ばす。きちんと触れられた。彼の身体の温かさと、感触を確かに感じる。
私は大きく息を吐き出した。
安堵した身体から力が抜ける。
「{NAME0}」
不意に名前を呼ばれて、思わず飛び上がりそうになった。
「ごめん、起こしちゃった」
「気にしなくていい。それよりも」
ソーンズが起き上がって、私に向き直る。それから、私の手をきゅっと、包むように握った。彼の手の温もりが、いつもより温かく感じる。
「手先が冷え切っている。さっきの行動といい、何かあったか?」
「……ちょっと変な夢を見ただけだよ。大丈夫」
「本当か? 手が震えているぞ」
「え、うそ」
ソーンズに言われて、慌てて私は自分の手を見やった。ソーンズの大きなにそっと包まれて、安心感を得られてはいるものの、ソーンズの言うとおり、私の手はわずかに震えを見せていた。
「よければ、話を聞くが」
「でも、夜中だよ。明日に響くし、寝た方が」
「この状態でまた眠れるのか? 俺のことは気にしなくていい」
「……じゃあ、聞いてくれる?」
「ああ」
半ばソーンズに押される形で、私は頷いた。
自分が見た夢の内容をソーンズに伝える。
ソーンズが海に入ってしまう様子を。それを止められなかった私のことを。
「どうしてこんな夢を見たのかも、海にいたのかもわからない。見た場所も、私の知ってる極東の海じゃなかった。行ったこともない場所なのに、どうして夢に見るんだろう」
ソーンズは、黙って私を見つめている。少しだけ、私の手を握る力が、強まった気がした。
「……それとね。ソーンズは、迷ってなかった。それが正しいと思って、進んでいっているように見えて……だから、すごく嫌だった」
夢の中で私は実体がなかったから当然ではあるが、ソーンズは陸を振り向きもせずに海に向かっていった。一切の迷いもなく。
「ソーンズは、そんなことしないよね?」
私は真っ直ぐにソーンズを見つめた。
「私とずっと一緒に、いてくれるよね?」
私が見たものは夢に過ぎない。本当にソーンズがそんなことをするなんて思っていない。それなのに、私はソーンズにこんなことを尋ねてしまっていた。
……違う。私は心のどこかで、ソーンズならそうするかもしれないと、思ってしまっているのだ。だから、ソーンズに、否定をしてほしかった。「俺はそんなことはしない」「{NAME0}と一緒にいる」と、そう答えてほしかった。
「……{NAME0}」
ソーンズは、それ以上は何も言わなかった。ただ、私を引き寄せて、手を頬に伸ばして、それから、キスをしてくれた。触れるだけのキス。何度も、角度を変えて。お互いの存在を確かめるように。
……それが、彼の答えなんだろう。
「ソーンズ」
私が話そうとする前に、ソーンズは指で私の唇に触れた。
「……寝よう。{NAME0}が眠りにつけるまで、抱きしめていてやるから」
ソーンズの大きな手が、私の頭を撫でた。
*
{NAME0}は再び眠りについたようだった。安らかな寝顔が、今度は悪夢ではなく、穏やかな眠りにつけたことを示している。
ソーンズは{NAME0}の頬を撫でた。起こさないようにそっと、優しげな手つきをしている一方で、ソーンズの表情は重く険しいものだった。
ソーンズは、{NAME0}が見た夢の話を、否定できなかった。
{NAME0}が何を求めていたのかは理解していた。その上で、ソーンズは{NAME0}が望む言葉を与えることはできなかった。
{NAME0}は海の脅威を、実際に見たことはない。それどころか、海の脅威の存在すら知らなかったはずだ。だからこそ、海に入っていくことを、恐怖よりも不思議と捉えたのだろう。
だが、ソーンズは違う。{NAME0}の話が意味するものを、理解できる。それが、現実に起こりうることをわかっている。
もし、アレが自分たちを追ってきたとして。自分は、今のままで、アレを殺すことができるのだろうか? アレを殺すのに、もっと別の方法を取らなければならないとしたら?
最悪の可能性はいつだって付き纏っている。
『絶対に』など、ソーンズは約束できない。
「……お前は、そうならないように生きてくれ」
もし、そんな未来があったとしても。
せめて、{NAME0}は、そのままの姿で生きてほしい。
{NAME0}の額に軽くキスを落とし、ソーンズも瞼を閉じた。
20230615
#ソーンズ #固定夢主
#2023
20230506
アパートの大家さんとソーンズの話
※ネームレス、ソーンズの名前も出てきません
こんこんと、ドアのノックの音が響いた。どちら様ですか、と声をかければ、聞き覚えのある声が帰ってきた。アパートの住居人の中で、1番の問題住居人。
彼が私のもとに来るのは、大体が何か物を壊したときだ。あとは備品を焦がしてしまったとか。
それは、彼が化学を専門にしていて、部屋で実験を行っていることに起因するのだが。なぜ部屋の中での実験を許しているのかと言われれば、実のところ、私もよくわかっていない。彼の入居を許可した先代管理人──私の父が、実験も含めてOKを出したのだ。彼曰く、部屋でやっていい実験は選んでいると。
「どうしたの?」
私はドアを開ける。彼の姿を見上げると、彼は神妙な顔つきをしていた。彼のこんな顔は初めて見た。いつも何を壊したって、こんな表情をしていたことはないのに。
「話がある」
そう切り出した彼の声色は、いつもより真剣みを帯びていた。そんな彼の様子を見ていれば、嫌でも内容を察してしまう。
「近いうちに、ここから退去したい」
「……引っ越す、ってこと?」
「ある意味ではそうかもしれないが」、彼はそう言いながら、首を横に振った。そして、はっきりと私に告げる。
「イベリアを出ようと思っているんだ」
わずかな希望さえも打ち砕かれる一方で、やっぱりそうだ、と心の底では思っていた。
わかっていた。今までだってそうだった。ここを出て行く人で、イベリア内を行き来する人なんてほとんどいなかった。みんな、イベリアを出る決意を固めていた。
エーギル人にとって、イベリアの状況は日に日に悪くなっている。いつ裁判所の人間が来て、連れていかれるかもわからない。イベリアにいる限り、エーギル人に安寧などないと言われているようだ。
イベリアを出たほうが安全だという彼の選択は、何も間違っていない。
そんなこと、わかっているのに。
「そっか。それは寂しくなるね」
私は笑って彼に返事をした。
私にできることは、その選択を受け入れて、送り出すことだけだ。
「今まで世話になった」
「本当だよ。色々大変だったんだから」
今まで散々、彼の実験の失敗を見てきた。物を壊してしまったり、部屋を少しばかり焦がしたり。そんな人は彼だけだった。
そのせいで、彼と顔を合わせる機会も、話す機会も、他の住居人よりずっと多くて。
部屋の修繕が大変だったといえばそうなのだけれど、彼に実験の様子を聞くのも、見るのも私は好きだった。
それはきっと、私では一生経験することのない出来事だったから。何もかもが新鮮で、楽しかったのかもしれない。
「今までありがとう」
私の言葉に、彼は少し驚いた様子を見せた。なぜ自分がそんなことを言われるのか、と言わんばかりだ。
「お礼を言うのは俺の方だろう。本当に世話になった。ありがとう」
彼は穏やかに微笑んでいた。この表情も、もう見られないのだと思うと、少し胸が苦しくなった。
*
私は扉の前に立っていた。かつて、彼の部屋だった場所だ。
扉を開ける。
机にも床にも積まれていた資料の束も、実験器具も。壁に貼られていたメモも、飾られていた紋章も、何一つなくなっている。
窓を開ける。
一際大きな風が部屋に入り込む。
吹き抜ける風と一緒に、彼がいつも持ち歩いていた薬品のにおいと、煤のにおいがした。まだ微かに、この部屋には彼の痕跡が残っているのだ。
「……ちゃんと掃除しなきゃ」
早く、彼のことを思い出にできるように。
20230506
#ネームレス #ソーンズ #夢主
#2023
※ネームレス、ソーンズの名前も出てきません
こんこんと、ドアのノックの音が響いた。どちら様ですか、と声をかければ、聞き覚えのある声が帰ってきた。アパートの住居人の中で、1番の問題住居人。
彼が私のもとに来るのは、大体が何か物を壊したときだ。あとは備品を焦がしてしまったとか。
それは、彼が化学を専門にしていて、部屋で実験を行っていることに起因するのだが。なぜ部屋の中での実験を許しているのかと言われれば、実のところ、私もよくわかっていない。彼の入居を許可した先代管理人──私の父が、実験も含めてOKを出したのだ。彼曰く、部屋でやっていい実験は選んでいると。
「どうしたの?」
私はドアを開ける。彼の姿を見上げると、彼は神妙な顔つきをしていた。彼のこんな顔は初めて見た。いつも何を壊したって、こんな表情をしていたことはないのに。
「話がある」
そう切り出した彼の声色は、いつもより真剣みを帯びていた。そんな彼の様子を見ていれば、嫌でも内容を察してしまう。
「近いうちに、ここから退去したい」
「……引っ越す、ってこと?」
「ある意味ではそうかもしれないが」、彼はそう言いながら、首を横に振った。そして、はっきりと私に告げる。
「イベリアを出ようと思っているんだ」
わずかな希望さえも打ち砕かれる一方で、やっぱりそうだ、と心の底では思っていた。
わかっていた。今までだってそうだった。ここを出て行く人で、イベリア内を行き来する人なんてほとんどいなかった。みんな、イベリアを出る決意を固めていた。
エーギル人にとって、イベリアの状況は日に日に悪くなっている。いつ裁判所の人間が来て、連れていかれるかもわからない。イベリアにいる限り、エーギル人に安寧などないと言われているようだ。
イベリアを出たほうが安全だという彼の選択は、何も間違っていない。
そんなこと、わかっているのに。
「そっか。それは寂しくなるね」
私は笑って彼に返事をした。
私にできることは、その選択を受け入れて、送り出すことだけだ。
「今まで世話になった」
「本当だよ。色々大変だったんだから」
今まで散々、彼の実験の失敗を見てきた。物を壊してしまったり、部屋を少しばかり焦がしたり。そんな人は彼だけだった。
そのせいで、彼と顔を合わせる機会も、話す機会も、他の住居人よりずっと多くて。
部屋の修繕が大変だったといえばそうなのだけれど、彼に実験の様子を聞くのも、見るのも私は好きだった。
それはきっと、私では一生経験することのない出来事だったから。何もかもが新鮮で、楽しかったのかもしれない。
「今までありがとう」
私の言葉に、彼は少し驚いた様子を見せた。なぜ自分がそんなことを言われるのか、と言わんばかりだ。
「お礼を言うのは俺の方だろう。本当に世話になった。ありがとう」
彼は穏やかに微笑んでいた。この表情も、もう見られないのだと思うと、少し胸が苦しくなった。
*
私は扉の前に立っていた。かつて、彼の部屋だった場所だ。
扉を開ける。
机にも床にも積まれていた資料の束も、実験器具も。壁に貼られていたメモも、飾られていた紋章も、何一つなくなっている。
窓を開ける。
一際大きな風が部屋に入り込む。
吹き抜ける風と一緒に、彼がいつも持ち歩いていた薬品のにおいと、煤のにおいがした。まだ微かに、この部屋には彼の痕跡が残っているのだ。
「……ちゃんと掃除しなきゃ」
早く、彼のことを思い出にできるように。
20230506
#ネームレス #ソーンズ #夢主
#2023
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※引星ソーンズの新年ボイスの内容を含みます
※ドクターが出ます
その日、ドクターを含めロドスの面々は、イベリアのとある港町で宝宝揺籃号と合流していた。
久しぶりの再会を喜び、宝宝揺籃号の船長は船で宴を開き、ロドス一行も参加を表明した。
そうして、宴が盛り上がり、夜も更けて来た頃。ドクターは風に当たりたいと思い、席を立って甲板に出た。
ドクターが海風に当たっていると、「ドクター」と声をかけられた。ドクターが振り返る。後ろに立っていたのは、ソーンズだった。
「船の手すりには寄りかかるなよ。酔っ払って海に落ちるのはごめんだろ」
「落ちる……? 手すりが壊れているのか?」
「壊れていない」
「ならなぜそんなこと━━」
ドクターは首を傾げた。それから思考を巡らせ、ドクターはひとつの可能性に辿り着いた。じっとソーンズの方を見やると、ソーンズが軽く咳払いをした。
「…………とにかく、俺にはわかるんだ」
「……君ね」
ドクターが苦笑いをしたところで、その会話を聞いていたであろう船員が大きな声で笑いながら、会話に加わった。
「そうなんだよ、ドクターさんよ! あんときゃ大変だったんだよ、なんてったって……」
「おい、余計なことを言うな」
「いやいやあの出来事は誰だって忘れらんねえって! なんせ{NAME0}も一緒に落っこちちまったんだからな!」
豪快に笑う船員に、ドクターはソーンズを二度見した。
「……ソーンズ?」
「…………」
船員に暴露されたソーンズは、諦めたように大きなため息を吐いた。
*
宝宝揺籃号が出航して間もない頃。イシドロの船長就任を祝い、宴が開かれた。
倉庫から次々と酒を持ち出して、もうそれは飲めや騒げやのお祭り騒ぎとなっていた。
イシドロは船員たちと飲み比べを始め、周りは飲み比べをする彼らを煽り始める。どん、と樽のジョッキが机に勢いよく叩きつけられる音がした。
「船長、いい飲みっぷりじゃないか!」
「俺だって負けてねえぜ!」
「もう一杯! ほらもってこい!」
「…………」
{NAME0}はそれを少し離れた位置から眺めていた。
酒に弱い{NAME0}は宴会では絶対に飲まないと決めている。こういう場では一口でも口にしたら永遠に飲まされるのが目に見えているからだ。急性アルコール中毒で死にたくはない。
{NAME0}がその様子をぼーっと見ていると、トントンと肩を誰かに叩かれた。振り返ると、女性の船員たちがジョッキを片手に立っていた。
「{NAME0}さん、男たちは放っておいてこっちで飲みましょう!」
「私、アルコールはダメで……」
「飲まなくてもいいんで! 船長との話が聞きたいです!」
「え」
「ほら、船長が船長になる前の話ですよ、出会いの話とか色々!」
「ええ……?」
女性船員たちの瞳は好奇心でキラキラとしていた。恋バナというものはどこの世界でも人気らしい。
{NAME0}が戸惑っている間に、女性船員たちはどんどんと盛り上がって捲し立てていく。
「だって気になるじゃないですか、船長っていつも{NAME0}さんのこと気にかけてるし」
「こんな日でもないと船長なしで話せませんから!」
「そ、そう……? じゃあ、ちょっとだけ……」
その雰囲気に気押された{NAME0}は、女性船員たちのテーブルに混じることにした。
これからとんでもない質問責めに遭うとも知らずに。それも素面の状態で。
そうして夜もだいぶ更け、船員たちが酔い潰れてきた頃。
{NAME0}は、イシドロがやや覚束ない足取りで甲板に向かって出ていくのに気づいた。
「あ、ちょ、{NAME0}さんどこいくんですかあ」
「イシドロが席外したみたいなので、念のため見てきますね」
「え〜{NAME0}さんもせんちょーのことばっかりだあ」
「いってらっしゃ〜い、楽しんで」
(楽しんで……?)
べろべろになりかけている女性船員たちは思い思いに{NAME0}を煽って送り出していた。引き留めはされなかったことに安堵して、{NAME0}はイシドロが出て行ったのと同じ方向へ向かった。
甲板に出ると、イシドロはすぐに見つかった。手すりに寄りかかりながら、夜の海をぼんやりと見つめている。
「イシドロ」
「……{NAME0}…………?」
{NAME0}はイシドロに声をかけた。側まで来て、{NAME0}はイシドロからアルコールの臭いを感じ取った。
「どれだけ飲んだの……足取りも怪しかったし、本当に大丈夫なの?」
「……ああ……ここには涼みにきただけだ…………」
イシドロは少しばかり辿々しい口調でそう言った。
{NAME0}はそれを聞いて、イシドロはかなり酔っていると確信した。今までロドスで何度も酔い潰れたソーンズを運び込まれ、介抱してきたからわかる。
「お水もらってくるよ」
「いや、いい……行くな……」
イシドロは{NAME0}の服の袖を掴んで引き留めた。力のこもっていない口調とは違い、{NAME0}を引き留める力は強かった。
「そばにいてくれ……」
(……今日はなんだか甘えたがりだなあ)
{NAME0}はイシドロに言われるままに、ぴったりと寄り添った。酒臭さをより強く感じるようになったが、{NAME0}は黙ってイシドロの隣に立っていた。
イシドロは{NAME0}の手をとり、指を絡ませるようにして繋いだ。
「……ねえ、イシドロ」
「……なんだ?」
「私、嬉しいんだよ」
「……何がだ?」
「いつも、イシドロのの見ているものがわからなかった。イシドロの性分は理解しているつもりだったけど、イベリアに行くって連絡を受けるたびに、何を考えているんだろうと思ってた」
「…………」
「だから、今こうやって、イシドロが見ている世界を一緒に見られて嬉しい。私、イシドロが心からやりたいと思っていることに、最後まで関わりたい。一緒にいたい」
{NAME0}の髪が、服が、海風を受けてふわりと流れる。
昔はロドスのジャケットを身につけていた{NAME0}は、今ではそのジャケットを脱ぎ、この船に合わせた服装をしている。そこにロドスの痕跡は全くない。彼女はもうロドスの{NAME0}ではない。宝宝揺籃号の、船長の大切な人であり、錬金術師の助手であり、乗組員の{NAME0}だ。
「{NAME0}……」
海風に揺られている{NAME0}を、イシドロは心の底から綺麗だと思った。愛おしさを感じて、イシドロは{NAME0}の髪に手を伸ばそうと、手すりにかけた手を動かした。
そのときだった。
「あ」
「えっ?」
一瞬だった。イシドロがよろけてバランスを崩した。手すりの向こう側へと倒れる。
イシドロと{NAME0}は手を繋いだままだった。イシドロに釣られて{NAME0}の腕も引っ張られる。{NAME0}はイシドロと同じようにバランスを崩して倒れ込み、そのまま手すりを越えた。
「え、嘘、」
手すりの向こうにあるのは海だけだ。つまりは、海に飛び込むことになるわけだ。
「いやあああ━━!!」
{NAME0}は叫び声を上げることしかできなかった。
その一方で、イシドロは、{NAME0}の背中と腰に手を回し、力強く抱きしめた。勢いよく着水しても、決して離さないように。それから、{NAME0}が直接着水してしまわないように、向きをできる範囲で整えた。
数秒後、ばしゃんと勢いのよい水色が響いた。
「大変だ! 船長が海に落っこちた!」
「{NAME0}も一緒に落っこちた!」
「なんだって?!」
「とにかく早く探すんだ!」
「真っ暗で何も見えねえよ!」
イシドロは深く潜り込んだ海から、水面を目指して上昇する。
腕の中の{NAME0}はぐったりとしている。おそらく落下と着水のショックで気を失ったようだ。気を失っているため、もがいたり暴れられたりすることはないが、海水を飲み込んでいる可能性が高い。早く水面に戻らなければ。
「ここだ!」
イシドロは水面に上がり顔を出した。{NAME0}の顔が水面につかないよう、抱き上げる。
船員たちの慌てた声が聞こえる。夜の海は暗く、イシドロたちを探すのに手間取っているようだった。イシドロは心相原質を使って糸をひき、船の上の船員たちに場所を示す。
船員たちは心相原質の糸を頼りに、ロープを投げ込んだ。そのおかげで、イシドロと{NAME0}はすぐに引き上げてもらうことができた。
「{NAME0}、……{NAME0}! 聞こえるか?!」
イシドロは{NAME0}を寝かせると、必死に呼びかけ、肩を叩いた。
「……ん…………イシ……ドロ……?」
やがて、弱々しい声と共に、{NAME0}の瞼がゆっくりと開かれた。
そして、ごほごほと大きく咳き込み始めた。おそらく、海水を飲み込んだ影響だろう。
「{NAME0}、大丈夫か? 身体に痛むところは?」
「……ない、と思う」
{NAME0}はゆっくりと起きあがろうとしていた。イシドロはすぐに{NAME0}の背中を支えて、手助けをしてやる。
「喉が痛い……しょっぱい……」
「水を持ってくる」
「……イシドロ、行かないで」
立ちあがろうとしたイシドロを、{NAME0}が掴んで引き留めた。代わりに、イシドロは周りの船員に水を持ってくるように指示をした。
「{NAME0}、無事でよかった」
イシドロは息を吐き、{NAME0}を引き寄せて抱きしめた。
「巻き込んで悪かった。次から気をつける」
「本当にね。まさかこんな簡単に落っこちるなんて思ってなかった……」
{NAME0}はイシドロの体温を感じながら、先ほどの落下の感覚を思い出して身震いした。
そして。
「……っくしゅん!」
とても、それはとても大きなくしゃみをした。
*
「海に落っこちた話? も〜本当に大変だったんだから!」
ドクターはソーンズたちと別れたあと、船内で{NAME0}とすれ違った。先ほど海に落ちた話をしたことを伝えると、{NAME0}は目を見開いてから、呆れたように笑った。
「あの後、風邪をひいちゃったんだ。しかも拗らせて1週間近く寝込んじゃってね。イシ━━ソーンズに身の回りのこと全部してもらったし、看病もしてもらったんだ!」
「そ、それは大変だったね……?」
「まあ、元はといえばあれだけ酔っ払ってたソーンズのせいだし。でも、さすがに反省したんじゃないかな?」
{NAME0}の言葉を聞きながら、ドクターは先ほどのソーンズとの会話を思い出す。
『{NAME0}が風邪をひいてしまってな。約1週間、{NAME0}につきっきりになった。錬金術の実験に遅れが出たのは惜しいが……{NAME0}の世話ばかりしていても咎められなかったから、悪くない1週間だった』
ソーンズがそう言っていたことは、{NAME0}には言わないでおこうと思ったドクターだった。
#引星ソーンズ #夢主 #ドクター
#2025