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No.64, No.63, No.62, No.61, No.60, No.56, No.53[7件]
ハンドクリーム塗ってもらう話
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※世界観設定資料集の内容を含みます
ことの発端は、私がハンドクリームを出したことだった。手を洗ったあと、いつものようにハンドクリームを取り出して、塗ろうとした。それだけだった。私がハンドクリームを取り出したのを見ていたソーンズが、何を思ったのか「俺に塗らせてもらえないか」と言ってきたのだ。そう言われて特に断る理由もなかったので、ありがとう、とハンドクリームを差し出した。
ソーンズがそっと私の手を取った。今まで何度もソーンズと手を繋いできたはずなのに、こうして改めて真正面から手を触れられるとついドキドキしてしまう。
ソーンズはそんな私の様子を気に留めることもなく、チューブからハンドクリームを私の手の甲に出していく。
私の手の甲にハンドクリームを広げたあと、指の付け根から指先へと伸ばし始めた。一本一本丁寧に、同じ動作を繰り返していく。時折きゅっと指先や指の間に力を込められる。痛くもなく、弱くもなく、ちょうどいい力加減だ。マッサージをしてくれているのだろうか。
今まで、普通に繋いだことはあっても、こんなふうに手を擦られたり、指先を握られたりすることなんてなかった。今自分の手の上で起きている感覚はどれも初めての感覚で、心地いいような一方、照れくさくて恥ずかしい気持ちが私の中で混じり合っている。
その上、ソーンズがあまりにも丁寧に、優しく私の手を扱ってくれるものだから、驚きと嬉しさで私の頭はぐちゃぐちゃになりそうだった。
なんとか気持ちを落ち着けて、目の前の手を凝視した。すっと深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
それにしても、どうして急にあんなことを言い出したんだろう。そう思って、手元にむけていた視線をちらと上に移して、ソーンズの様子を伺った。
私の手の甲を見つめるソーンズの表情は、今までに見たことがないくらいに優しい表情だった。そして、心なしか嬉しそうに見えた。
「丁寧に塗ってくれるんだね」
「当然だ」
いつもみたいに、ちょっと呆れたような言い草だった。でも、その声色はいつもよりも数段優しい。
「エーギルにとっては、こうしたケアは絶対に欠かせないことだからな」
ソーンズの言う通りだった。エーギルは乾燥に弱い種族なのだ。気管支の調子は湿度に左右されるし、肌は乾燥しやすく、傷つきやすい。時に、乾燥が命に関わることさえある。
海から陸地へやってきた、その経歴ゆえなのだろうか。はじめてエーギルが陸地に上がって長い年月が経っているにも関わらず、エーギル人は今も乾燥への対策を余儀なくされている。
「だから、こうしてケアを任せてもらえて嬉しく思う」
「そ、そう……? 大袈裟じゃない?」
対策といえども、一般的にエーギル人が行っているのは、こうやって保湿用のクリームを塗って、乾燥を少しでも抑えることだ。今やほとんどのエーギル人にとって、ハンドクリームやボディクリームの使用は習慣となっているだろう。目の前にいる彼も含めて。
「俺にとっては、大袈裟なことじゃない。……それに」
全ての指にハンドクリームを塗り終えたソーンズは、私の両手を、彼の両手で包み込んだ。包み込まれた手から、ソーンズの温かさがじんわりと広がっていく。
「こうして、{NAME0}に長く触れていられるだろう?」
ソーンズがふっと微笑んだ。
その表情に、心臓がひときわ大きく跳ねた。
普段は顰めっ面が多いくせに時折こういうことをするから、彼には敵わないと思ってしまう。
ソーンズはしばらく私の手を包んだままでいたが、やがて私の手を解放した。
「ほら、これで終わりだ」
ソーンズの手が離れていく。温かさが失われていくのが名残惜しくて、思わずソーンズの片手を掴んでしまった。
「どうした、{NAME0}?」
「もうちょっとだけ、繋いでいたい……」
私の言葉に対して、ソーンズは何も言わずに私の左手を取ると、彼の右手の指を私の指に絡めてくれた。再びもたらされた彼の温かさに、安心感を覚える。
「ね、次のときは私がソーンズに塗ってもいい?」
「ああ。そのときは頼む」
視線を手から外し、顔をもう一度あげれば、またソーンズが笑っていた。そうして、彼の微笑みを見るたびに、この人のことがどうしようもなく好きだと、心の底から思うのだった。
20240501
#ソーンズ #夢主
#2024
早とちり
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※ソーンズ・ウィーディの回想秘録のネタバレをやや含みます。
「最近ソーンズの姿を見てない気がする」
気づいたのはいつだっただろう。艦内での爆発の話を聞くことが少なくなったからだろうか。それとも、最近は甲板に吊るされている彼を見かけなくなったからだろうか。よく後処理に追われるソーンズに出会っていたし、甲板に吊るされていた日にはなぜかその状態で会話をしていたこともあったのに。
何にしろ、まともな理由では気づいていないことに乾いた笑いが出る。
そんな話を同僚にしたら、彼女はそういえば、と前置きをしてこう言った。
「ソーンズなら、イベリアに帰ったって聞いたけど」
「か、帰った?」
「うん。イベリアの裁判所からの協力要請だとかなんとか?」
それ以上は彼女も詳しく知らないらしい。それにしても、そんな話、全く知らなかった。
そういえば、最近はイベリア近郊への任務の数が増えている、とはきいた。そのうちイベリアの内部にも調査が可能になるんじゃないか、とも。この前、イベリアの審問官であるアイリーニさんや、ルーメンさんがロドスに加入したという話もある。ルーメンさんはイベリアとロドスを行き来しているらしいし、前までのような鎖国をやめるかもしれない、という噂は本当だったのだろう。
「そっか。帰っちゃったのか……」
一時的な帰省の可能性だってあるだろう。それなのに、私は何故だかソーンズはロドスに戻ってこないんじゃないか、とどこかで思ってしまっていた。というより、ロドスに帰ってこなくても、ソーンズならありえるんじゃないか、と思ってしまっていた。
ソーンズとは、長い時間を一緒に過ごしてきたわけではない。彼の起こした爆発を初めとしたトラブルに巻き込まれるのだって、頻繁というわけではなかった。ロドスの中で出会ったら、会話を交わす程度だった。それから、数度、エリジウムたちも交えて飲みに行ったことがある程度。それでも、彼がしていたイベリアの話を、私は覚えている。あまりにも印象的だったから。
一言くらい何か言ってくれてもよかったのに、とは思ったものの。ソーンズからしてみれば、言うほどの仲でもなかったんだろうな、と思った。
*
あれからさらに時間が経った。爆発音も、皆の騒ぐ声も、当然、数が減ったままだ。もちろん、艦内トラブルは少ない方がいいに越したことはないし、本来はそちらが正常なのだろう。
それなのに、どこか物足りなくて、空っぽになったような気がするのはどうしてだろうか。
私は溜息を吐く。
そのまま、ぼうっとした状態で廊下を歩く。そうしていくらか歩いていると、不意に、とんとんと肩を叩かれた。
いったい誰だろう、と振り返った先。
「{NAME0}。顔が死んでるぞ。どうしたんだ?」
そう言って、私の目の前に立っていたのはソーンズだった。
「えっ、あれ? ソーンズ? なんで?」
いなくなったと思っていたソーンズが急に私の前に現れて、思考がストップした。ソーンズはそんな私を見て、「俺がいたらおかしいか」と眉を顰めた。
「だって、イベリアに帰ったって聞いて」
「確かにイベリアには帰ったが。そんな慌てることでもないだろう」
「それで、ロドスをやめたのかと思って……」
「どうしてそこからそう思考が飛ぶんだ?」
ソーンズは私の言葉を聞いて信じられない、と言わんばかりの表情をしていた。
実のところ、私がそう思ったのは、単にソーンズの事情だけではなかった。
ソーンズがイベリアに帰った話を聞いたあと、クロージャからとある話を聞いたのだ。ウィーディの友人が、ライン生命を退職してイベリアへと技術復興のために戻るのだと。おかげで、クロージャはウィーディがロドスを退職するんじゃないかと勘違いしたそうだ。
そんなこんなで、ソーンズも辞めてしまったんじゃないかという私の思い込みは加速されてしまった。
その話をソーンズにすると、ソーンズはもはや呆れを通り越したようで、なんとも言えない表情をしていた。
「辞めるなら、さすがに声くらいかけるぞ」
「ほ、ほんと?」
ついでに、ソーンズからそれくらいの声はかけてもらえる程度の仲だった、という言質ももらって。
ともかく、今までのことは全て私の勘違いだったということだ。
私はほっと肩を撫で下ろし、大きく息を吐いた。
「なんだ。俺がいなくなって寂しかったのか?」
そんな安心した私の様子を見て、ソーンズは先ほどまでとは変わって、軽い調子でそう言った。
……寂しい? ソーンズがいなくて?
確かにちょっとした喪失感はあったかもしれない。ソーンズがトラブルを起こすこともなく、会話をすることもなくて。今までちょこちょことしてきたソーンズとの会話は、私にとってはそれなりに楽しいものだったから。でも、それがなくなって寂しかった、なんて。あまり認めたくはない。……認めたくない、けれど。
「そうなのかも……?」
私の中のもやっとした感情は「寂しさ」という言葉に言語化され、幾分か納得させられてしまったらしい。
私の目の前で、ソーンズが目を瞬かせた。そして、数秒ほど何か考えるような表情をした。
「……そうか。それは意外だったな。これからは、{NAME0}にも都度話すようにする」
ソーンズにしては妙に塩らしい対応だった。初めて見るソーンズの反応に、私もどうしたんだろう、と数秒考えこむ。
そうして、私は悟った。多分、ソーンズは私が「寂しいとか、そんなことあるわけない」と否定の言葉を予測していたのだと。私が想定外にストレートな返事をしたから困っているのだ。
「べ、別に今まで通りでいいし、いちいち話しかけにこなくていいから! さっきのは聞かなかったことにして!」
私は慌ててソーンズの言葉を否定する。今更感は否めないが、ないよりマシだろう、と淡い期待を込めて。ソーンズが冗談として流してくれれば、この話はここで終わりだ。
「まあ、そういうことにしておこう」
ソーンズはうっすらと笑っていた。
あまり自分の前でソーンズが笑っているところを見たことがなかった私は、それを珍しく思った。だが、やがて彼がこの状況──私の失言を楽しんでいるらしいことに気づく。
「何も面白くないから!」
私の声とは裏腹に、ソーンズは楽しそうな様子をどんどんと露わにしているようだった。
そんなに私をからかって楽しいか。
私はため息をつく。次からは絶対に失言はしない、と心に誓った。
20230815
#ソーンズ #夢主
#2023
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※2024年12月イベント「出苍白海」の内容を含みます
※引星ソーンズのプロファイルの内容を含みます
※ソーンズは全て本名で話が進みます
それは、航海に出る少し前のこと。
こんこん、と船長室の扉をノックする。
「イシドロ、私だよ」
「入ってくれ」
返事を受けて、私は船長室の扉を開ける。私の顔を見て、ソーンズが表情を和らげたのが見えた。ソーンズが近くまで来るようにと手招きをした。
「{NAME0}に渡したいものがあってな」
「渡したいもの?」
ソーンズは机の上に置かれていた小箱の蓋を開き、指輪を取り出した。
「指輪?」
「ほら、右手を出して」
ソーンズに促されるままに右手を差し出せば、ソーンズは薬指にその指輪をゆっくりとはめていった。
「よし。大きさは問題ないな」
ソーンズはひとりで頷いている。
私は自分の指にはめられた指輪をまじまじと見つめた。それは、白く鈍い輝きを放っている。それはまるで、今の彼の右腕のよう──
「ねえ、イシドロ」
「なんだ?」
「これ、もしかして、心相原質を使って……?」
「そうだ」
イシドロは私の問いに頷いた。
心相原質。イシドロが使っている、白色の流体。
錬金術によって生み出された物質であり、それを扱えるのも錬金術師だけだ。いま、イシドロの右腕は、心相原質を使って補われている。
どうやって動いているだとか、詳しい構造は私はわからない。だけれども。
「私の記憶が正しければ、これって万物の動きを感知できるんじゃなかったっけ?」
「……おおよそその理解で問題ない」
「私の行動を知りたいの?」
「監視したいわけじゃない。だが、もし{NAME0}に何があっても、これがあれば感じ取れる。お前を守るためにも、必要だと考えた」
「わかった。イシドロが必要だと思うなら、肌身離さずつけておくよ。……それに」
「それに?」
私は指輪を左手でそっと撫でた。
「やっぱり大切な人から指輪を贈ってもらえるのは嬉しいから。大切にするね」
「……{NAME0}」
イシドロの右手が私の頬を撫でた。今の彼の右腕は、心相原質に覆われており、ひんやりとした感触がする。それでも、彼の一部であることには変わりない。私は彼の右手に頬ずりをした。
ロドスにいた頃も、航海に出た今も変わらない。イシドロが私を愛してくれている。それだけで私は嬉しくて仕方ないのだ。
*
あれから、少し経った。
私は船の備品の確認作業をしていた。船が寄港して物資を補充できるタイミングは限られている。その際に必要な数を確定させるため、また無駄に買いすぎないようにするために、毎回リストを作っている。
ちょうどそのリストを担当の船員に渡して作業を終えた頃、私はとある異変に気づいた。
ピクピクと、右手の薬指が動いている。指が痙攣しているのとはまた違う、かくかくとした動きだ。
「何これ……?」
しばらくそれを眺めていると、開いていた右手の中で、薬指だけがくっと下に曲げられた。イシドロにもらった指輪がはめられた指だ。
指輪にそっと触れると、どうやら指輪が私の薬指を動かしているらしい。
「下?」
私が呟くと、今度は指が右側に突っ張る感覚がした。
「右に行って、下?」
指輪の導きのままに廊下を進んでいくと、階段が現れた。そこで突っ張った感覚はなくなり、指が下を指した。階段を降りていく。
私はまだこの船の構造には詳しくなく、行ったことのないところも多い。それなのに、指は迷うことなく道案内をしている。私は指の感覚に従って歩いていく。
自分が今どこにいるのかわからないが、船のかなり深部まできたような気がする。
廊下を道なりに進んでいくと、とある扉の前で、指の動きが止まった。
「…………?」
この部屋、ということだろうか?
私が部屋の扉をノックしようとしたとき、扉の向こうから声が聞こえた。
「{NAME0}、扉を開けてくれないか?」
それは、誰よりも聞き慣れたイシドロの声だった。
私が急いで扉を開けると、イシドロは「部屋に入らないように」と言って、私に扉を押さえさせた。
「この部屋はどうやら尋問室か何かだったようでな。内側から扉が開かない仕様になっているんだ」
「え、じゃあ」
「そうだ。それを知らなかったから、しばらく閉じ込められていた。修繕用の材料の備蓄を考えれば、扉を壊すわけにもいかない」
イシドロは部屋から出て、扉を閉めた。
「俺はこんな仕様の部屋を使うことはないだろうし、今度、扉の仕様を変更しよう」
「そうだね、知らずに閉じ込められちゃったら大変だもんね……」
「{NAME0}、扉を開けてくれて助かった」
「それなんだけど。……この指輪、なんなの?」
私はこの指輪に導かれてここまでやってきた。イシドロはこの指輪──というか心相原質は、万物の動向を感じるものだと言っていたけれど、どういうことなのか。
私の問いに、イシドロは私の右手をとって、こう答えた。
「心相原質は俺の意思で動かすことができる。お前が仕事を終えたのがわかったから、心相原質を操ってお前をここまで来させた」
「…………」
そういえば、イシドロが戦闘時に心相原質を動かしているのを見たことがあった。だから、心相原質を使って作られているこの指輪も同じように動かせるというのも、言われてみればそうだ。
そうなんだけれども──。
「……呼び出しに使うんだ」
「そんな顔をするな。今回はそうせざるを得なかっただけだ」
「別に気にしてないよ。私は心相原質に詳しくないから、ちょっと驚いただけ」
こうやってイシドロに呼び出されるのは悪くない。それどころか、離れていても彼の意思を感じることができるなんて、本当に、なんて便利な物質なんだろう。
なんて言ったらイシドロがひきそうだと思ったので、心の中で止めておいた。
*
──さらに数日後。
私が船長室の掃除をしていると、また薬指がくくっと勝手に動き始めた。
「また? イシドロったら一体何をやったんだか……」
私は軽くため息をついた。
前回のように閉じ込められていても困るし、イシドロを探しに行った方が良さそうだ。
私は船長室を出ると、前と同じように、薬指の導きを確認する。とりあえず、廊下を右に。階段を下に。その先に見えるのは──錬金術の工房だ。
私は工房の扉を叩いた。
「イシドロ、私だけど」
「{NAME0}? 今は作業中だ、用があるなら後にしてくれ」
扉の向こうからの返事を聞いて、私は首を傾げた。
「何言ってるの? 私に用があるのはイシドロの方じゃないの?」
ガチャガチャと何かをいじっていた音が、ぴたりとやんだ。工房の扉が開き、イシドロが顔を出した。
「誰かにここに来るように言われたのか? 俺は{NAME0}を呼んだ覚えはないが」
イシドロの物言いから察するに、本当に私に用はないらしい。
私は指輪に呼ばれてやってきたと思ってきたけれど、私の勘違いだったのかもしれない。
「前みたいに指輪が反応したからまた何かやったんだと思って来たんだけど……何もないなら戻るね。邪魔してごめん」
何もないならそれはそれでよかった、と思いつつ、扉を閉めようと思って扉に手をかける。
そのとき、イシドロが私の右手を掴んだ。
「……その話、詳しく聞かせてくれないか」
「詳しくも何も、前にイシドロが閉じ込められちゃったときみたいに、指輪が急に反応したんだよ。指がこっちって示すから、そのとおりに来ただけ」
「そう、か」
イシドロは私の話と聞いた後、何やら神妙な顔をして、「いや、まさかな」なんて呟いている。
「……どうしたの?」
私が尋ねると、イシドロは一瞬躊躇いを見せたあと、「俺の推測ではあるが」と前置きをした上で語り出した。
「俺はまだ心相原質をコントロールしきれていないようでな」
「うん」
「俺の心の状態によって、心相原質が意図せず動くことがあるんだ」
「……うん?」
そこまで言って、イシドロは私から目を逸らした。
「……実は、俺は先ほどまで、今やっている作業が終わったら{NAME0}に会いに行こうと思っていた」
「…………」
「…………」
「……つまり、私に会いたいって思ってたら、心相原質が勝手に反応して動き出しちゃったってこと?」
「……おそらくは、そうだ」
心相原質。なんて便利で、かつ、厄介な物質なんだ。
「もう少しだけ待っていてくれないか。すぐに作業を終わらせるから、一緒にいつもの場所へ行こう」
イシドロは私の髪を撫でながらそう言った。私もそれに頷く。イシドロは軽く微笑むと、私の額にキスを落としてから、工房に戻っていった。
私への会いたさ故に無意識に心相原質を動かしてしまうなんて、なんて愛おしいんだろう。
イシドロにとって、この指輪は私の存在をすぐそばに感じるための装置だ。心相原質を通じて、私の動きは彼に伝えられている。
一方で、私にとっても、比喩ではなく彼の心を感じることができる大切なものなのだ。
私は薬指にはめられた指輪に、キスをした。
そう思ったのも束の間。
後日、イシドロが心相原質を使って修理したトイレの扉が、バタンバタンと荒波のように勢いよく開閉を繰り返し、人を強打し挟み殺す凶器になっているのを見て、心相原質への自分の認識を改めた。
20241208
#引星ソーンズ #夢主 #2024